孔明を志す

日々の出来事、ニュース、投資、競馬、歴史、読書、趣味などについて呟く

人民日報に見る中国の対米姿勢-歴史的観点からの考察-

米中対立と中国の強硬姿勢

中国と米国の対立が新型コロナウイルスを機に過熱化している。

米国のトランプ大統領は自身の責任を回避すべく、また中国へ打撃を与えるべく、「感染拡大を公表せず、世界に多大なる死者を及ぼした敵国」として中国を猛烈に批判しており、その対立は深まるばかりだ。

一方の中国も、米国のことを公然と批判している訳だが、そのことは中共中央の機関紙である『人民日報』から伺うことができる。

以下、特徴的な箇所を人民日報から引用する。

わずか8週間で、米国の新型コロナウイルス感染による死者数は米軍のベトナム戦争での死者数の総和を上回った。政府の対応が不十分だったために生じた人道主義上の危機により、米国では悲劇が次々と繰り広げられて

いる。

にもかかわらず、米国の政治屋たちは今、何をしているのだろうか?「つらくて夜も眠れない」トランプ大統領は、キャンプデービッドに週末を過ごしに行った。ポンペオ国務長官は、新型コロナウイルスの発生源が武漢ウイルス研究所だと証明する「大量の証拠」があると声を限りにわめきたてているが、何の証拠も示せていない。

人民網日本語版』「再度米国の政治屋に問う これがあなたたちの言う人権なのか」5月9日

中国の感染症対策措置は効果をあげており、目覚ましい成果をあげ、貢献も極めて大きかった。この点について、国際社会の理性的な声は異論を唱えていない。米国の一部の政治屋が中国を非難するのは、典型的な病的心理状態によるものだと言えるだろう。

このような病的な心理状態はどこから来るのだろうか?

(中略)

残念なことに、こうした政治屋の卑劣なパフォーマンスに、少なくない米国国民があざむかれてしまっている。しかしよく考えてみれば、公共リソースをその手に握り、下心をもって世論を操作し、良心に背いて民衆を煽り立て、自分だけの利益のために米国国民の善良さを利用することは、彼らが伝統的に行ってきたことなのである。

人民網日本語版』「四たび米国の政治屋に問う 病的な心理状態を治そうとしないのか」5月11日

このように『人民日報』では、中国の感染症対策が成果を挙げていること、一方で米国が多大なる犠牲を被っていること、そしてその犠牲を中国に転嫁しようと政治的パフォーマンスを行っているのだということ、を明確に論じている。

『人民日報』は中共中央の機関紙であり、つまりこれは中共中央が公的に米国の姿勢を批判していることを意味している。

 

ところで、中国がこのように直接的に、そして苛烈に外国を批判するのに思い当たる事例が2つある。

一つは、フルシチョフスターリン批判に端を発する中ソ対立、もう一つは、チベット独立運動に端を発する中印対立だ。

中ソ対立に関する考察は『東洋経済』にも一部記述があったので、本記事では中印対立を参考にして、現在の米中関係を考察していこう。

 

中印対立と『人民日報』

中国とインドは1962年に国境を巡って武力衝突するに至るのだが、元々外交上は協調関係にあった。1954年に中国の周恩来首相とインドのネール首相 が「平和五原則」を提起したように、東西どちらにも属さない第三世界として一定の協力を必要としたためだ。 

しかし、こうした協調関係はある重要な事件を機に終焉を迎える。

それが1959年3月10日に勃発した中共中央・チベット間での紛争、そして同年3月17日に起きたチベット法王ダライ・ラマ14世のインド亡命だ。

 

これがなぜ重要な出来事なのだろうか?

それは、チベット問題が中共中央の内政問題から外交問題にまで発展したことに起因する。

そもそも、中国とチベットの間には対立は度々見られていた。ただ、中共中央からすると、それはあくまで国内でのいざこざであり、中国の内政問題であった。

だが、ダライ・ラマが亡命しインド政府がそれを保護したことで、事態は一変する。なぜなら、内政問題だったはずのチベット問題が、インドとの外交問題の間に定義されるに至ったためだ。

 

こうした状況下で、『人民日報』ではインド、とりわけネールに対する批判が苛烈さを極める。

チベットの少数の売国奴がひきおこした反乱戦争はほぼ平定された。反乱分子の引きおこした流血の衝突は、かれらの恥ずべき失敗にともない、チベットの大部分の土地で平定された。

(中略)

かれは(引用者注:ネールを指す)この社会のきわめて残酷な搾取制度にふれなかつたのみならず、実際には、圧倒的大多数の被搾取者とごく少数の搾取者とを同一に論じ、さらに、その上に立つて、チベットの反乱が少数の上層反動分子の責任であることを否定し、中国人民が反乱を平定した正義の行動を「悲劇」などといい、反乱に同情を示している。このように、かれは、きわめて悲しみ惜むべき誤りを犯している

『人民日報』「チベット革命とネールの哲学」

中共中央は、自身のチベット統治のあり方を賞賛する一方で、この時点で敵国に近しい存在と相成ったインドのことをはっきりと非難しているのだ。

このように中国は何か大きな事件があった際に、

・その際の政府の行動が正しかったと示すため

・それに伴う内政問題への干渉を断固として拒否するため

には、相手国の誤りを明確に指摘し、政治的姿勢を痛烈に非難するのである。

これは、現在の米中関係に関しても全く同じことが言えるのではないか。

 

『人民日報』に見る中国の対米姿勢硬化の要因

現在の中国の対米姿勢の硬化、見解の先鋭化を見るに、その主たる原因は先に示した「1. 政府の正統性の担保」「2. 内政干渉の排除」だと思われる。

前者に関しては、小康社会の実現を目指し貧困撲滅を掲げる習近平にとって、新型コロナウイルスによる未曾有の混乱、経済成長への大打撃が非常に大きな痛手となったことは想像に難くない。

こうした状況下で、政権が不安定化するのを抑制するためにも、また習政権の威光を維持するためにも、政府の採った方策が正しいということは明確に示さなければならない。

後者に関しては、台湾のWHO参加を巡る米中の対立、米国による台湾への魚雷の売却など、中国にとっては看過できない事態となっている。

それは、中国とチベットとの関係性と同じく、中国にとっては台湾問題もただの内政問題であり、対外的な干渉は認められないためである。

このように中国にとっての「内政干渉」が行われ続ける限り、見解の先鋭化は止まないのではないだろうか。

 おわりに

ここまで『人民日報』をもとに、中国の基本的な考え方を考察してきたが、一体今後の米中関係はどのような動きを見せるのだろうか。

一点、『人民日報』を通じたインド批判を強めた3年後の1962年、中印国境付近で武力衝突が発生したということは頭に留めておく必要がある。

『人民日報』での米国批判をここまで強めているということから、武力衝突とまではいかないまでも、これまでにない規模での対立が起こることは十分に想定される。

米国のコロナ動向、経済の回復状況が芳しくなく、中国への攻撃が止まない場合、中国は正統性の担保と内政干渉の排除のために、しばらく矛を収めることはなさそうだ。